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エピローグ

般若心経の解釈

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釈尊は悟りによって得られた境地を波羅(彼岸)と言い表しました。
波羅の境地にあって、釈尊は宇宙即我を体験し、梵我一如に到達し、五蘊皆空を発見し、一切の苦厄から離れた心のあり方を悟り観自在となられました。
釈尊の入滅後四五百年経った頃、山林修行者たちはそれぞれに、如来として示現された釈尊から、直々に教えを聞き、その結集があって大量の般若経と大乗仏教が成立ました。
これと同じ形で、生前のキリストを知らないパウロ(サウロ)が、キリストの死後数年後に、キリストの声を聞いています(使徒行伝9-4)。
パウロによってキリスト教は大きく発展していき、パウロ教といわれる程の大きな影響を与えました。
古神道家、大本の出口王仁三郎氏は、自ら神霊界に遊んで「霊界物語」を書き上げて、世界の未来を予言しています。
「人間釈迦」は高橋信次氏が、資料も、現地調査も全く無いまま霊的な示唆と、手の動きによって書き上げました。
これによって当時の様子が再現され、ありありと伝わってきます。
このような例は数々存在しますが、全てその人たちの感受性に応じて共振した世界から伝えられた情報です。
感受性は、不可思議な働きです。
感受性は、何れかの波動と、心が共振するのでしょう。
禅定は、あれこれと揺れ動く心の焦点をしぼりこみ、心の波動を安定した状態に保つ働きです。
心の波動が安定したときに共振作用が発生します。
しかしどの周波数と共振するかは、心の志向性によるのでしょう。
波動にはテレビ同様に色々なチャンネルがあります。
したがって、地獄霊の波動と共振するならば、悟りも異常となります。
瞑想は、その人の求めるものに焦点を絞り込んでいく作用があるので、心の奥底で求めているものによって、得られる境地も異なったものとなっていくのです。
瞑想や禅は、正にも働きますが邪にも働きます。
ですから心を空や無にして禅定をすれば、無意識の領域にある、うらみ、妬み、そしり、劣等感、増長慢、煩悩の火種が拡大して、変なものと共振し危険な結果がでることにもなります。
このあたりの怖さは、中国天台山 智顗(チギ)師の説いた天台小止観に、極めて懇切に禅の心得が書き表されています。 
禅とともに制縛(ヨーガ)も欠かせられません。心を綺麗にする禊(みそぎ)も欠かせないのです。
このような禅の結果を心配されて、釈尊はワヤダムマーサンカーラ アパマーデーナサンパデータ、真理にかなう判断を出す行(サンカーラ)になること。
自分の好みに耽ることなく、感受性を鍛練すること。と心配されたのでした。
呪を唱える際も、禅定と同じく、綺麗な心が大切です。
つまり日常生活で何を求めているかが大切なのです。
「彼岸に、彼岸に、彼岸に行こう、サロモンもサマナーも彼岸に行って、一切を成就しよう」という繰り返えしには、真実への方向性に意識を固定させる働きがあると思います。
超古代の人々は、身体と魂を、いつでも完全に分離する事ができたと高橋信次氏は語っていますが、現代は、身体をそのままにして、魂が抜け出してしまうのは危険過ぎます。
空になった身体に、別の魂が入り込んで人格が違ってしまった話もよく聞きます。
人類の未来は、心の働きによって、地球を再構築する時代が、今まさに進行しています。
宇宙全体では、物質的な肉体をもった生命よりも、持たない生命体の方がはるかに多いようです。
波動としての生命体(想像するのは難しいですが)は、地球にも滞在していて、人類を目覚めさせる手伝いをする、そんな経綸になっているようです。

参考文献
人間釈迦① 高橋信次 著 三宝出版社
原説般若心経 高橋信次 著 三宝出版社
相似象 第五号 相似象学会事務所
感受性について (その3)宇野多美恵 著 相似象学会
岩波仏教辞典 中村元他編 岩波書店
ゴータマ・ブッダ 中村元 著 法蔵館
黎明  葦原瑞穂   太陽出版
新解釈空の宇宙論 糸川英夫 著 青春出版社
手帳版梵字般若心経  徳山暉純 木耳社
現代語訳 天台小止観 関口真大訳  大東出版社

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